大阪歴史博物館・その他 



2012年11月18日


関西文化の日で、あちこちの施設が無料入館できます。今日は、大阪城方面をめざしました。

イチョウがきれいに黄葉しています。


天守閣は17日だけが無料でした。やっぱり、一般のお客さんが多いので、お金儲けに走っているのでしょうか。

「西の丸庭園」は無料というので入ってみました。その名前から、日本庭園でもあるのかと思っていたのですが、タダの広場があるだけでした。昔の、えらい武士さんたちの住宅があった場所のようです。石造りの建物がありました。火薬庫のようでした。


ついで、道路を渡ったところにある、「歴史博物館」へ行ってみました。こちらは、常設展のみ無料入館できます。
難波宮を見下ろす位置に立っており、上から見るとその大きさ等がよく見えます。

(右)難波宮発見の元になった、シビ(だったか)の破片だそうです。


長岡京、難波京、平城京、藤原京、・・・・・・、何となく、聞いたことがある名前が整理できてきました。


あとは、画像の羅列です。解説は、行ってみてご自分でお確かめ下さい。


馬の骨です。
頭骨の、頭頂部が割られています。理由も書いてありましたが、忘れてしまいました。


芝居小屋ですね。


水路の発達。大阪市内の、何とか掘の、地名の起源です。


大阪は文楽の発祥の地、です。


大阪の古い地図がありました。やっぱり気になるのは、自宅付近。
見ての通り、浜寺駅から海はすぐです。(ローカルな話ですね。)


昭和初期あたりを想定しているんだったかなあ。
鍛冶屋さん(?)
(右)ふいごが見えます。


私が子供の頃と、同じ風景です。


丸いちゃぶ台。うちにもあったなあ。
(右)こんな応接間、普通に、近所の家々にありました。(うちはそんなに金持ちじゃなかったので、そんな部屋はありませんでした。)



難波宮のこと、江戸時代から昭和初期にかけての大阪の概略がよくわかります。メインは、目の前の難波宮。
まあ、じっくり展示と放映を見れば、それなりにおもしろそうです。


ついで、帰り道にあるので「ワッハ上方」に行ってみました。
廃止、あるいは、移転がささやかれている施設です。

入り口で、「おみやげ」をもらいました。ボタンを押すと、「誰々、アウト」ってしゃべります。年末の、ダウンタウンの番組です。無料で入れて、こんなものまで配っていたらお金がかかって仕方ないでしょう。(もちろん、無料は一両日だけですが。)


砂川捨丸さんの鼓です。この寄贈が、この施設のきっかけになったとか。


確かに、私の世代ではこういうもの、こういう人たちに懐かしさはありますが、それ以上、それ以下のものでもありません。わざわざ400円も出して、この懐かしさを楽しむというものでもないように思います。
施設内に演芸場があるらしく、整理券番号を呼びながらお姉ちゃんが場内整理していました。来ているのは若いお姉ちゃん、お兄ちゃんばかりで、この人たちにとっては展示されてる昔の漫才師、落語家なんて、何の関係もないでしょう。
こういう「庶民の笑い」と言うものは時代とともに増減し、最後は消滅するもので、まあ、記録として残しておく必要はあるでしょうけど、こういう展示施設とは縁が深くないものじゃないでしょうか。

ここを存続させる、させないで議論があるみたいですけど、こんな施設、(コストを考えれば)全然必要ないように思いました。それこそ、ビデオライブラリーだけ図書館にでも移設すれば良いんじゃないでしょうか。


今日は、あちこち行くつもりで自転車で出かけていました。帰り道、サイレンがあちこちで鳴るのでどうしたのかと思っていたら、26号線のすぐ脇に消防車が数台、救急車が2台集まっています。コンビニの駐車場を「占拠」していました。消防服にボンベを担いだ消防士がいっぱいウロウロしていましたが、さあ、何があったのか、結局わかりませんでした。